「猫を飼いたい」
そう思ったとき、あなたの頭に浮かぶのは、きっとSNSで見た丸まって眠る子猫の姿や、窓辺で日向ぼっこをする穏やかな光景だろう。
でも、その理想の裏側にある「15年間で264万円という現実」を、あなたは本当に知っているだろうか。
私が猫を手放すことを考えた、あの夜のこと
3年前、私は東京の1Kアパートで一人暮らしをしていた。仕事は激務で、帰宅は毎晩22時過ぎ。部屋に帰っても誰もいない。そんな孤独を埋めるように、私はスマホで猫の動画を見ていた。
「癒されたい」
その一心で、私はペットショップに足を運んだ。ガラスケースの中で小さく鳴く子猫と目が合った瞬間、私の心は決まっていた。
「この子なら、私の人生を変えてくれる」
そう信じて、私は18万円の子猫を迎え入れた。

最初の1週間は、まさに天国だった。
仕事から帰ると、玄関で待っていてくれる。小さな肉球で私の足にじゃれつく。夜は布団の中で一緒に眠る。
「ああ、この子を迎えて本当に良かった」
そう思っていた。
でも、1ヶ月が過ぎた頃から、現実が牙を剥き始めた。
「こんなはずじゃなかった」という絶望
深夜2時。私は布団の中で目を覚ました。
ニャーーーーーン、ニャーーーーーン
猫の夜鳴きだ。最近、毎晩のように続いている。翌日は朝8時から重要な会議があるのに、眠れない。
「お願いだから、静かにして…」
そう心の中で呟きながら、私は猫を抱き上げた。でも、猫は私の腕の中で暴れ、爪で私の手を引っ掻いた。
血が滲む。痛い。そして何より、やるせない。
「どうして私ばっかり…」
涙が溢れそうになった。
朝、鏡を見ると、目の下には深いクマ。会議では上司に「体調悪いのか?」と心配された。
仕事が終わって帰宅すると、部屋中に散乱したトイレ砂。ソファには引っ掻き傷。カーテンは破れている。
後で知ったことだが、日本の賃貸住宅の壁紙は猫にとって「格好の爪とぎターゲット」らしい。放置すれば石膏ボードが露出するまで剥がされることもあるという。
そして、賃貸の場合、この傷は「経年劣化」とみなされず、退去時に修繕費として実費請求される。
「また…」
ため息が出た。掃除をして、破れたカーテンを外して、猫にご飯をあげて。気づけば夜の11時。
「私の時間が、何もない」
そう気づいたとき、胸の奥が冷たくなった。
さらに追い打ちをかけるように、猫が体調を崩した。
動物病院に連れて行くと、診察料と薬代で2万円。その翌月、また体調を崩して3万円。私の貯金は、見る見るうちに減っていった。
「このままじゃ、自分の生活が成り立たない…」
そして、ある週末。
友人から「旅行行かない?」と誘われた。久しぶりの誘いに心が躍ったが、次の瞬間、現実が頭をよぎった。
「猫を、誰に預ければいいんだろう」
ペットホテルを調べると、1泊5000円。2泊3日で1万5000円。
私は、その誘いを断った。
264万円という、誰も教えてくれなかった真実
ある日、ネットで猫の生涯費用について調べていたとき、私は驚愕の数字に出会った。
猫の平均寿命(約15.7歳)まで飼うと、平均で約264万円かかる。
内訳は以下の通りだ。
- 食費:約123万円
- 医療費:約90万円(健康診断、ワクチン、病気の治療)
- 消耗品:約30万円(トイレ砂、おもちゃ、爪とぎ)
- 電気代増加分:約10万円(夏冬のエアコン代)
- その他:約11万円(ペットホテル、移動費など)
264万円。
これは、軽自動車が新車で買える金額だ。
そして、これはあくまで「平均」。病気が多い猫なら、医療費だけで200万円を超えることもある。
あの頃の私の月収は手取り22万円。
そこから家賃、光熱費、食費、奨学金の返済を引くと、手元に残るのは月5万円程度。
年間60万円の貯金ができたとしても、猫1匹の生涯費用264万円を稼ぐには、4年以上かかる計算だ。
「私、この子を最後まで幸せにできるんだろうか…」
不安が、胸を締め付けた。
なぜ、私たちは「猫を飼う現実」を知らないのか
あの頃の私は、こう思っていた。
「みんな猫を飼って幸せそうなのに、なんで私だけがこんなに苦しいんだろう」
でも今なら分かる。
SNSに流れる猫動画は、ほんの数秒の「奇跡の瞬間」だけを切り取ったものだ。
夜鳴きで眠れない夜も、引っ掻かれて血を流した朝も、病院代で貯金が減る恐怖も、旅行を諦める寂しさも、264万円という重みも、そこには映っていない。
「猫を飼うこと」は、15年から20年という長い時間を、自分の人生の一部を明け渡すことだ。
それは、結婚に似ている。
最初の恋愛のトキメキは永遠には続かない。日々の生活は、地味で、時に苦しく、時に退屈で、それでも続けていくという「覚悟」が必要になる。
猫を飼うことで失う「5つの自由」
1. 時間の自由
毎日、朝晩のご飯、トイレ掃除、遊び相手。これらは「できたらやる」ではなく、「毎日必ずやらなければならない」義務だ。
仕事で疲れていても、体調が悪くても、猫は待ってくれない。
猫は犬や人間に比べて頻繁に嘔吐する動物でもある。毛玉を吐く。フードが合わなくて吐く。ストレスで吐く。
ラグやカーペット、ベッドの上に吐瀉物が広がる光景に、あなたは慣れる必要がある。
さらに抜け毛。空気清浄機のフィルターを詰まらせ、洗濯したばかりの黒い服にも再付着する。掃除機をかけても、翌日にはまた床に毛が散らばっている。
終わりのない戦いだ。
2. 経済的自由
年間20万円。月々約1万7千円。
これが、猫を飼うための「固定費」だ。
特に高齢になると、医療費は跳ね上がる。月に5万円、10万円という出費も珍しくない。
「今月は厳しいから、病院は来月にしよう」
そんな選択肢は、ない。
3. 移動の自由
旅行、出張、帰省。これらすべてに、「猫をどうするか」という問題がついて回る。
預け先を探すか、ペットホテルを予約するか、そもそも諦めるか。
気軽に「明日、旅行行こう」なんて、もうできない。
4. 住居の自由
引っ越しをするとき、ペット可の物件は限られている。家賃は高く、選択肢は少ない。
そして、退去時には原状回復費用として、傷や匂いの修繕費を請求されることもある。
敷金が消える音が聞こえる。
5. 精神的自由
猫が病気になったとき、あなたは「自分のせいかもしれない」と自分を責める。
猫が死んだとき、あなたは深い喪失感に苦しむ。
ペットロスという言葉があるが、それは言葉以上に重い。
「猫のセラピー効果」という、もう一つの真実
ここまで読んで、こう思う人もいるかもしれない。
「でも、猫には癒し効果があるんじゃないの?」
確かに、それは事実だ。
研究によれば、猫の飼い主は心臓発作のリスクが約30%〜40%低いという。また、猫のゴロゴロ音は骨密度を高め、リラックス効果がある「自然のセラピー機器」とも言われている。
気まぐれな猫がデレた時に出る脳内物質(ドーパミン)は、幸福感を高める。
これらは、すべて本当だ。
でも、それは「飼える状況にある人」にとっての話だ。
もし、あなたがこんな状況だったら?
- 仕事が激務で、毎晩帰宅が22時を過ぎる
- 経済的余裕がなく、年間20万円の出費が厳しい
- 賃貸住宅に住んでいて、退去時の修繕費が心配
- 家族が猫アレルギーかもしれない
- 長期の旅行や出張が多い
こんな状況で猫を飼ったら、「セラピー」どころか、ストレスの源になる。
それでも、あなたは猫を飼いたいですか?
ここまで読んで、「それでも猫を飼いたい」と思えるなら、あなたには覚悟がある。
でも、少しでも迷いがあるなら、今は飼わない方がいい。
猫は、あなたの「癒し」のために存在するのではない。
猫は、一つの命だ。
猫を飼う前に、必ず確認してほしい10のこと
- 15〜20年間、毎日世話ができるか
仕事、恋愛、結婚、出産。あなたの人生が変わっても、猫の世話は続く。 - 年間20万円以上(総額264万円)の出費を続けられるか
病気になれば、さらに増える。 - 賃貸なら、ペット可物件に住んでいるか
内緒で飼うのは、猫にとっても不幸だ。退去時の修繕費も覚悟しているか。 - 緊急時に預けられる場所があるか
家族、友人、ペットホテル。信頼できる預け先は必須。 - 猫アレルギーの検査をしたか
飼ってから発覚すると、猫も自分も不幸になる。 - 夜鳴き、粗相、破壊行動、頻繁な嘔吐を許容できるか
完璧な猫なんて存在しない。 - 旅行や外出を制限される覚悟があるか
猫は一人で長時間留守番できない。 - 高齢になった猫の介護ができるか
寝たきり、認知症、頻繁な通院。最後まで看取る覚悟。 - 家族全員が賛成しているか
誰か一人でも反対なら、トラブルの種になる。 - 「飼わない選択肢」も真剣に考えたか
猫カフェ、ボランティア、友人の猫。猫と触れ合う方法は他にもある。
最後に伝えたいこと
私は今でも、あの子猫を手放したことを後悔している。
でも同時に、「あのとき無理をして飼い続けなくて良かった」とも思っている。
なぜなら、私が無理をして飼い続けた先に待っていたのは、猫にとっても私にとっても、不幸な未来だったからだ。
猫を飼わないという選択は、猫を愛しているからこそできる選択だ。
あなたが本当に猫を愛しているなら、まず自分の人生を見つめ直してほしい。
そして、「今の自分に、本当に猫を幸せにする力があるのか」を、冷静に考えてほしい。
264万円という数字に震えながら、それでも「YES」と答えられるなら、あなたは素晴らしい飼い主になれる。
でも、少しでも迷いがあるなら、今は「飼わない」という勇気を持ってほしい。
それが、猫への本当の愛だから。
